がじゅこまどっとねっとで分厚いテキストを公開する理由

Posted on Thu, May 9, 2019

このページはがじゅこまどっとねっとというサイトの一部で、そこでは「学校の授業が分からなくてこまっている人」に向けたとてもページ数の多いテキストや教材などを公開しています。
こういうことをしないといけないのかもしれないなぁと思ったのは、いつも次のようなことが頭の隅にあったからです。

学校ではちゃんと授業が行われているはずだし、書店に行けば数え切れないほど様々な種類の教材が販売されているのに、さらに塾が必要になるってどういうことなのでしょう?

こんなに多くの子供が塾通いをしているのはなぜ?

多分、もともと塾や予備校というものは、「入試に備えるために、学校では教わることのできない発展的な内容」を教えるところとしてスタートしたのでしょう。
しかし長い年月が立つ間に、様変わりしてしまいました。
現在では「学校の授業がわからない」から塾へ通うという生徒が圧倒的多数だと思われます。
そして、例えば中学生の通塾率は全国平均でおよそ60%と言われています。
つまり、かなり多くの生徒が、学校で習うような基礎事項が学校の授業では理解できないので塾へ通っていると考えられるわけです。

学校でちゃんと基本を習っているはずでは?

もしかすると大多数の学校の先生は「自分はきちんと授業を行い、生徒は基本事項を理解できているはずだ。」と思っているのかもしれません。

平均的な学力の子供の読解力は大人が思っているより相当低い

僕は長年塾で多数の平均的もしくはそれ以下の学力の生徒を担当していました。
そして、彼らを自分の隣に座らせ、丁寧な説明を行い、正しく理解してもらったかどうか必ず確認するというようにして授業を行っていました。
そのようにすると、彼らの読解力が、彼らが使っている教科書や学校の先生の説明を理解するためには相当不測しているということが身にしみてわかります。
最近、教育現場の外側の世界からもこのことを裏付ける結果が得られています。
2018年2月、「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」というタイトルの本が出版されました。
書店で平積みされているのを見た人も多いかもしれません。
この本の著者である新井紀子さんと彼女のチームは、「ロボットは東大に入れるか」という人工知能プロジェクトを2011年に立ち上げ、「東ロボくん」と呼ばれる人工知能を研究開発してきました。
彼女のチームは東ロボくんに予備校の模擬試験を受験させ、2013年時点ではセンター模試の偏差値が45だったものを、2016年で偏差値57.1にまで上げることに成功しています。
この数値は、国公立大学や有名私大レベルの一部の学科でも合格可能性80%の判定を得ることのできるものです。
しかし、これ以上の成績を目指すことを考えたとき、一番の問題になるのは人工知能の読解力という結論になったようです。
現在のテクノロジーでは、人工知能は人間のように「意味を読み取って」文章を理解することができないからです。
そしてここで人間に取って深刻なことが浮かび上がってきます。
「東ロボは意味が理解できてないのにそこそこの偏差値を叩き出している。だとしたら、東ロボより成績が低い生徒は文章の意味など理解できていないのでは?」ということです。
そして、彼女のチームはその実態を調査するためにリーディングスキルテスト(RST)を自前で開発し、人間を相手にした読解力の調査を行なっています。
新聞やネットの報道などで見た人も多いかもしれませんね。
そのテストでは、例えば中学生を調査対象として次のような問題が出題されました。

以下の文を読みなさい。
「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。」
上記の文が表す内容と以下の文が表す内容は同じか。「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。
「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。」

正解できた中学生は57%だったそうです。

学校の先生たちは平均的な学力の生徒の読解力に合わせた授業ができていない

先生が授業を行うとき、当然のことながら生徒がいます。
相手のあるものなのですから、相手のレベルを踏まえて授業を行うのが基本でしょう。
しかし、学校の先生が行う授業は総じて先生自身が基準になってしまうことが多いようです。
それが意識的なのか無意識的なのかはよくわかりませんし、ケースバイケースなのでしょう。
しかし、いずれにせよ学校の先生は自分を基準にして授業でどんなふうに説明をするのか決定してしまうことになるようです。
(この傾向は、小学校、中学校、高校と学年が高くなるに連れ強くなります。)
「いや、そんなことないよ。ちゃんと生徒のレベルに合わせて説明をしているよ。」という先生もいるのでしょう。
しかし、いろいろな結果を見ればやはり多くの場合、大多数の生徒がその授業を理解できていないと思われます。
例えば、通塾率の高さや通塾する理由を見てみればそれは簡単に理解できることです。
また、定期テストの平均点や得点の分布を分析すれば、かなり多くの場合、平均的な生徒でさえ授業の説明が理解できていないということが浮かび上がってくることもあるでしょう。

塾で教えていたときの話です。
ある中学生は、「先生、今日学校の理科の授業で、陽イオンとか陽極って習ったんだけど、陽イオンと陽極って同じですよね。」と言いました。
また、別の生徒が、溶質、溶媒、溶液という言葉の意味を学校でちゃんと教わったと言っていました。
そこで、ある先生が、その先の話として、一応「水が溶媒である溶液を水溶液と言います。」と念押ししてから、「では水溶液の溶媒は何ですか?」と質問してみました。 しかし、その生徒は何も答えられなかったのです。

一人目の生徒は陽イオン、陽極という言葉の意味がわかっていないわけですし、二人目の生徒は溶媒、溶質、溶液という言葉の意味がわかっていないわけすね。
彼らはどちらも、学校の成績から判断した場合、わりと平均的もしくはやや平均より下の学力の生徒です。
学校の授業を普通に真面目に聞き、ノートも真面目に取っているような生徒です。

結局、最初から全部教え直さなくてはなりませんでした。

こういうときに心がけるのは、

  • 学校の授業や教科書の説明より遥かに丁寧に噛み砕いてスモールステップに分けること
  • 時間をかけ、生徒の反応を確かめながら説明すること ということです。

この二人の生徒に限らず、これに類する事態は日常的に頻繁に発生します。 ですから、おかしな話ですが、学校で習えば済むはずの基礎事項のほぼ全てについて、一から丁寧に説明するということが塾で行われているわけです。

学校の先生に是非やってほしいことがあります。
例えば中学校の先生であれば、自分が教えている科目で通知表の成績に3をつけた生徒を隣に座らせ、その科目を

  • 理解できるまで教えてみる
  • 定着するまで練習させてみる ということを一年ぐらい継続してやってほしいのです。
    そうすれば、「自分がやっている説明では全然伝わっていないんだな」ということがわかるはずです。

本来学校で身につくはずの基礎事項を習うために、月謝を払って塾通いをしなくてはいけないの?

一体なんのために学校は存在しているのでしょう。
そこに通う生徒が教科書レベルの基礎を理解し身につけることができるようにすることは学校に課された極めて重要な優先度の高い仕事のはずです。
一方、何年も前から、自治体による塾通いのサポートが行われるようになりました。
例えば東京都では、経済的な事情で塾通いが困難な中学3年生と高校3年生をもつ家庭を対象に通塾費用や受験料を貸付する事業(受験生チャレンジ支援貸付事業 )をおこなっています。
(この事業では、高校・大学等に入学した場合、返済が免除されます。)
現状では、このような事業の必要性があるのはしかたのないことです。
しかし、これまで述べてきたように、学校で身につけられるはずのことを身につけるために塾通いをするのだとしたら、自治体は一番本質的な対策をとっていないと言うことになります。
基礎学力ぐらい、学校だけで身につけられるようにはできないのでしょうか?
十分とは言えないとはいえ、学校には税金が投入されています。

というわけで必要な説明が易しい言葉で全部書いてあるテキストを作って公開してみた

まず、始めに断り書きです。
それは、この、がじゅこまどっとねっと で公開しているテキストは、必ずしも以下のような生徒を対象にしているわけではないということです。

  • 全くやる気のない生徒
  • 知的障害、発達障害などの特別な事情を抱えている生徒
  • 学校の授業など聞かなくても、自分で教科書や参考書で学習出来る生徒 さすがにこのような生徒を丁寧な説明を書いたテキストだけで支援するということには無理があります。

学校の授業で困っているけれど何とかしたいという気持ちを持っている、成績が下位から中の上ぐらいの生徒を主な対象としています。

僕が行っていたマンツーマンの授業では、生徒の実力を十分考慮して教える内容を厳選し、(板書はせずに)口頭で説明をおこない生徒にはその内容をノートに完全に記録してもらっていました。
(そして、教えたことが正しく理解できているかどうか口頭試問などをしてこまめに確認し、きちんと理解できている状態を作りあげて家へ帰ってもらっていました。言いかえると、ノートには正しく理解してもらってことが、授業で話したままの言葉で書いてあるわけです。)
どうしてこのようなことをしていたのか、二つだけだけポイントをあげておくと、

  • 同じことを何度も教えなおしている余裕はない
  • ノートに完全な記録があるので、たとえもう一度わからなくなってしまっても、生徒がノートを読みなおすことにより授業内容は完全に再現でき、生徒一人で復習できる ということです。

このサイトで公開しているものは、そのようなことを大事にしてあらためて作ったものです。
そして、次のような特徴があります。

  • 本題に入る前に、必要最低限の復習を行う。
  • 本題に入る前に、前置きの話をきちんとする。
  • できるだけ日常語を使い、きちんと理解するために必要な説明をすべて行い、更に考え方や筋道を丁寧に追う。
  • 順を追ってきちんと理解できるように、話をスモールステップに分ける。 この場合、全体の見通しが悪くなるというデメリットがあるので、できるだけまとめの話をつける。
  • 話の順番が理解できたかどうかを確認するために、スモールステップに分かれている問題を解いてもらう。また、その後で、頭の中で話が整理できたかどうか確認するために、スモールステップに分かれていない普通の問題を解いてもらう。
  • できるだけ専門用語の使用を控え、学習内容を日常語を使って感覚的な理解と結びつけるようにする。
  • 言葉を使ってきちんと理解することを目標にし、学んだことを説明させる穴埋め問題を数多く用意する。
  • 学んだことと同じことが確実にできるようになるために、そっくり問題を解いてもらうようにする。

このようなものなので、できあがったものはとても分厚いもの(ページ数の多いもの)となりました。
まあ、授業で喋るべきことを全部文字にしてしまったようなものです。
授業の台本のようなものともいえるかもしれません。
ですから、ページ数の多さは問題では無いでしょう。
ちょっとでも気になった方はどこでも良いから一つの単元を見渡してみて、上に述べたことがうまくいっているかどうか考えてもらえると良いと思います。

最後に、特に教育に関心がある人たちにお願いです。
先入観を持たずにひとりひとりの子どもをよく観察してください。
熱弁をふるう授業をするのではなく、生徒の反応をじっくり待ってください。
そして、何がそれぞれの子どもの学習の妨げになっているのかを考えください。
そして、どんな授業や教材があれば彼らの支援ができるのか考えてみてください。