行列の階数と小行列式
2022-11-05
行列の基本変形をおこなうとその行列の階数がわかるということを以前学習しました。ここでは、そのようにして得られる行列の階数と行列式の関係を調べます。
おさらい
基本変形から得られる行列の階数
どんな \((m,n)\) 型の行列も行と列に関する基本変形をうまく使うことにより、次のような\[ \left( \begin{array}{cccc|cccc} 1 & 0 & \cdots & 0 & 0 & \cdots & \cdots & 0\\ 0 & 1 & \ddots & 0 & 0 & \cdots & \cdots & 0\\ \vdots & \ddots & \ddots & & \vdots & & & \vdots \\ 0 & 0 & & 1 & 0 & \cdots & \cdots & 0\\ \hline 0 & 0 & \cdots & 0 & 0 &\cdots & \cdots & 0\\ \vdots & \vdots & & \vdots &\vdots & & &\vdots \\ 0 & 0 &\cdots & 0 & 0 & \cdots & \cdots & 0 \end{array}\right) \]
という形の行列に変形することができ、これは標準形と呼ばれるのでした。
補足:ここでは形を理解しやすくするために縦線と横線を書き入れてあります。 右上や左下に零行列がないもの、縦線より右側がないもの、横線より下側がないものも標準形に含まれます。
そして、次の定理が成り立つのでした。
定理
基本変形を使い行列を標準形にしたとき、\(1\) が並ぶ個数は、基本変形の仕方に関係なく必ず同じになります。
そこで、安心して、次のように定義することができるのでした。
定義
行列 \(A\) に行および列に関する基本変形をおこなって標準形にしたとき、\(1\) が並ぶ個数を \(A\) の階数といい、\(\mathrm{rank}(A)\) という記号であらわします。
小行列式
行列 \(A\) からいくつかの行といくつかの列を取り出し、もとより小さい型の行列をつくることにします。 このとき、取り出す行と列の数を同じにすると、正方行列ができるのでその行列式を計算することができます。 そこで次のように定義します。
定義
行列\(A\) から勝手に \(p\) 個の行と \(p\) 個の列を取り出してつくられる正方行列の行列式を \(A\) の \(p\) 次小行列式といいます。
補足:\(A\) が \((m,n)\) 型行列ならば、小行列式は何通り作れるのか考えてみましょう。 \(m\) 個の行から勝手に \(p\) 個の行を選ぶのですから、行の選び方は \({}_m \mathrm{ C }_p\) 通りです。 同じように考えれば、列の選び方は \({}_m \mathrm{ C }_p\) 通りであるとわかります。 ですから、小行列式は \({}_m \mathrm{ C }_p \times {}_m \mathrm{ C }_p\) 通り作ることができます。
例
\(A=\left(\begin{array}{rrrr} 3 & 5 & 1 & 3\\ -1 & 1 & 1 & -5\\ 2 & 6 & 2 &-2 \end{array}\right)\) のいくつかの小行列式について考えてみます。
\(2\) 次の小行列式は \({}_3\mathrm{C}_2 \times {}_4\mathrm{C}_2 = 3 \times 6 =18\) 通りあります。
たとえば、第 \(2,3\) 行と第 \(1,4\) 列を取り出して \(2\) 次の小行列式をつくると、\[ \left(\begin{array}{rrrr} 3 & 5 & 1 & 3\\ -1 & 1 & 1 & -5\\ 2 & 6 & 2 &-2 \end{array}\right) \Rightarrow \left|\begin{array}{rrrr} -1 & -5\\ 2 &-2 \end{array}\right| =(-1)\times(-2) -(-5) \times 2 =12 \]
となります。
\(3\) 次の小行列式は \({}_3\mathrm{C}_3 \times {}_4\mathrm{C}_3 = 1 \times 4 =4\) 通りあります。
たとえば、第 \(1,2,3\) 行と第 \(1,3,4\) 列を取り出して \(3\) 次の小行列式をつくると、\[ \begin{array}{c} \left(\begin{array}{rrrr} 3 & 5 & 1 & 3\\ -1 & 1 & 1 & -5\\ 2 & 6 & 2 &-2 \end{array}\right)\Rightarrow\\ \,\\ \,\\ \, \end{array} \begin{align} &\left|\begin{array}{rrrr} 3 & 1 & 3\\ -1 &1 & -5\\ 2 & 2 &-2 \end{array}\right|\\[6pt] &=3\times 1\times (-2) + 1 \times (-5) \times 2 +3 \times (-1)\times 2\\ &\qquad -3\times (-5)\times 2-1\times(-1) \times (-2)-3 \times 1 \times 2 \\ &=0 \end{align} \]
となります。
\(4\) 次以上の小行列式をつくることはできません。
補足:実は、上の例の行列 \(A\) の \(3\) 次の小行列式を計算してみるとすべて \(0\) になります。 つまり、この \(A\) には \(2\) 次の小行列式では \(0\) にはならないものが存在していますが、\(3\) 次の小行列式では \(0\) にはならないものが存在しないのです。このことはこれから説明していくように、行列の階数と深く関係しています。
行列の階数と小行列式
定義
行列 \(A\) の、あらゆる次数に関するあらゆる小行列式を考えることにします。そしてこのとき、\(p\) 次の小行列式には \(0\) でないものが存在するけれども \(p+1\) 次以上の小行列式はすべて \(0\) になっていたとします。 この \(p\) のことを \(A\) の \(0\) ではない小行列式の最大次数といいます。
補助定理
行列に基本変形をおこなっても、\(0\) ではない小行列式の最大次数は変わりません。
証明
まず、説明のための記号を用意しておくことにします。
もとの行列を \(A\) で表すことにします。そして \(A\) の \(0\) ではない小行列式の最大次数を \(p\) としましょう。すると、\(p\) 次の小行列式で \(0\) ではないものがあるわけですが、そのうちの1つは \(A\) から第 \(i_{1},i_{2},\ldots,i_{p}\) 行と第 \(j_{1},j_{2},\ldots,j_{p}\) 列を取り出してできた行列の行列式になっているとしましょう。
それでは、基本変形で何が起きるか調べてみることにします。
行に関する基本変形の場合
\(A\) のある行と別のある行を入れ替える。
\(A\) のある行に \(0\) ではない数を掛ける。
1.と 2.のような基本変形では、入れ替える行や定数倍する行が第 \(i_{1},i_{2},\ldots,i_{p}\) 行(上の図のピンク色の行)のいずれかであるかどうかにかかわらず、変形後の行列でも \(p\) 次の小行列式には \(0\) でないものが存在するけれども \(p+1\) 次以上の小行列式はすべて \(0\) になっているのは明らかでしょう。\(A\) のある行に別の行を定数倍したものを足す。
\(A\) の第 \(k\) 行に \(A\) の第 \(l\) 行を \(c\) 倍したものを足してできる行列を \(B\) と表すことにしましょう。
そして \(A\) と \(B\) どちらに対しても、第 \(i_{1},i_{2},\ldots,i_{p}\) 行と第 \(j_{1},j_{2},\ldots,j_{p}\) 列を取り出してできる行列の行列式の値を考えてみることにしましょう。
まず、取り出した行に第 \(k\) 行と第 \(l\) 行が入っていない(つまり、どちらもピンク色の行のどれにもなっていない)場合を考えてみましょう。この場合、\(B\) から第 \(i_{1},i_{2},\ldots,i_{p}\) 行と第 \(j_{1},j_{2},\ldots,j_{p}\) 列を取り出してできる行列の行列式は、\(A\) から第 \(i_{1},i_{2},\ldots,i_{p}\) 行と第 \(j_{1},j_{2},\ldots,j_{p}\) 列を取り出してできる行列の行列式と同じですから、その値は \(0\) ではありません。つまり、\(B\) には \(p\) 次の小行列式で \(0\) ではないものが存在することになります。
次に、取り出した行に第 \(k\) 行と第 \(l\) 行が入っている(つまり、どちらもピンク色の行のいずれかになっている)場合を考えてみましょう。この場合、\(B\) から第 \(i_{1},i_{2},\ldots,i_{p}\) 行と第 \(j_{1},j_{2},\ldots,j_{p}\) 列を取り出してできる行列の行列式は、\(A\) から第 \(i_{1},i_{2},\ldots,i_{p}\) 行と第 \(j_{1},j_{2},\ldots,j_{p}\) 列を取り出してできる行列でさらにある行にある行を定数倍したものを足すという基本変形を行ってできる行列式です。行列式の多重線型性により、このような変形ではその値はもとの値のままになるので \(0\) ではありません。つまり、\(B\) には \(p\) 次の小行列式で \(0\) ではないものが存在することになります。
最後に、取り出した行に第 \(k\) 行は入っている(つまり、ピンク色の行のいずれかになっている)が、第 \(l\) 行は入っていない(つまり、ピンク色の行の中には入っていない)場合を考えてみましょう。\(B\) から第 \(i_{1},i_{2},\ldots,i_{p}\) 行と第 \(j_{1},j_{2},\ldots,j_{p}\) 列を取り出してできる行列の行列式では、行列式の多重線型性より
\[ \left|\hspace{-8pt} \begin{array}{cccc} a_{i_{1}j_{1}} & a_{i_{1}j_{2}} & \cdots & a_{i_{1}j_{p}} \\[-2pt] \vdots &\vdots & &\vdots \\[-2pt] \begin{array}{c}a_{kj_{1}}\\[-5pt] \quad+ca_{lj_{1}}\end{array}& \begin{array}{c}a_{kj_{2}} \\[-5pt] \quad +ca_{lj_{2}}\end{array}& \cdots & \begin{array}{c}a_{kj_{p}}\\[-5pt] \quad + ca_{lj_{p}}\end{array}\\[-2pt] \vdots &\vdots & &\vdots \\[-2pt] \vdots &\vdots & &\vdots \\[-2pt] a_{i_{p}j_{1}} & a_{i_{p}j_{2}} & \cdots & a_{i_{p}j_{p}} \end{array} \hspace{-2pt}\right| = \left| \begin{array}{cccc} a_{i_{1}j_{1}} & a_{i_{1}j_{2}} & \cdots & a_{i_{1}j_{p}} \\[-3pt] \vdots &\vdots & &\vdots \\[2pt] a_{kj_{1}} & a_{kj_{2}} & \cdots & a_{kj_{p}} \\[-2pt] \vdots &\vdots & &\vdots \\[2pt] \vdots &\vdots & &\vdots \\[2pt] a_{i_{p}j_{1}} & a_{i_{p}j_{2}} & \cdots & a_{i_{p}j_{p}} \\ \end{array} \right| +c\left| \begin{array}{cccc} a_{i_{1}j_{1}} & a_{i_{1}j_{2}} & \cdots & a_{i_{1}j_{p}} \\[-3pt] \vdots &\vdots & &\vdots \\[2pt] a_{lj_{1}} & a_{lj_{2}} & \cdots & a_{lj_{p}} \\[-2pt] \vdots &\vdots & &\vdots \\[2pt] \vdots &\vdots & &\vdots \\[2pt] a_{i_{p}j_{1}} & a_{i_{p}j_{2}} & \cdots & a_{i_{p}j_{p}} \\ \end{array} \right| \]
が成り立ちます。
この式の中に現れている3つの行列式では、2番目のものは \(A\) から第 \(i_{1},i_{2},\ldots,i_{p}\) 行と第 \(j_{1},j_{2},\ldots,j_{p}\) 列を取り出してできる行列の行列式そのものなので \(0\) ではありません。そしてこの等式が成り立つのですから、1番目と3番目のものが両方 \(0\) になることはありえない(つまり少なくとも一方は \(0\) ではない)ということがわかります。 1番目のものはもちろん \(B\) の \(p\) 次の小行列式ですし、3番目のものは \(B\) から得られる \(p\) 次のある小行列式でさらに \(l\) 行を \(k\) 行のあった位置に来るまで行の入れ替えを行ったものになっています。というわけで、とにかくどちらにせよ、\(B\) には \(p\) 次の小行列式で \(0\) ではないものが存在することになります。
これまでの議論で、いずれの場合も\[ \begin{array}{l}\text{ある行列の}\\ \text {0 ではない小行列式の最大次数}\end{array} \,\leq \,\,\begin{array}{l}\text{その行列に行に関するなにかしらの}\\\text{基本変形を行った行列の}\\ \text{0 ではない小行列式の最大次数}\end{array} \]
となることがわかりました。 つまり、行に関する基本変形を行うと、\(0\) ではない小行列式の最大次数はそのままであるか増えるわけです。
ところで、基本変形はもとに戻すことができる変形です。ですから、ある行列になにかしらの基本変形を行い、それに続けてもとに戻す基本変形を行うことができますが、この2つの過程それぞれで \(0\) ではない小行列式の最大次数はそのままであるか増えているわけです。しかし、自分自身に戻ったときに \(0\) ではない小行列式の最大次数が変わるはずはありません。ということは、この2つの過程、特に最初の基本変形では \(0\) ではない小行列式の最大次数はそのままになっていたと結論できます。
以上で、行に関する基本変形では \(0\) ではない小行列式の最大次数は不変であるということが確認できました。
列に関する基本変形でもこれまでと全く同様の議論で \(0\) ではない小行列式の最大次数が不変であるということが示されるのは明らかでしょう。
定理
行列 \(A\) に基本変形をおこない標準形にすることにより得られる \(A\) の階数は、\(A\) の \(0\) ではない小行列式の最大次数と等しくなっています。
証明
直前の補助定理より、\(A\) に基本変形をおこない標準形にしても \(0\) ではない小行列式の最大次数は変わらないということが言えます。
一方、\(A\) に基本変形をおこない標準形にしたものでは、\(0\) ではない小行列式の最大次数は左上から右下へ向かう対角線上に並ぶ \(1\) の個数に等しいのは明らかです。そしてこれは \(A\) の階数です。まとめ
行列 \(A\) から勝手に \(p\) 個の行と \(p\) 個の列を取り出してつくられる正方行列の行列式を \(A\) の \(p\) 次小行列式といいます。
行列 \(A\) の、あらゆる次数に関するあらゆる小行列式を考えたとき、\(p\) 次の小行列式には \(0\) でないものが存在するけれども \(p+1\) 次以上の小行列式はすべて \(0\) になっていたとします。 この \(p\) のことを \(A\) の \(0\) ではない小行列式の最大次数といいます。
行列に基本変形をおこなっても、\(0\) ではない小行列式の最大次数は変わりません。
行列 \(A\) に基本変形をおこない標準形にすることにより得られる \(A\) の階数は、\(A\) の \(0\) ではない小行列式の最大次数と等しくなっています。