幾何ベクトルの空間の計量
2022-05-04
幾何ベクトルの空間で、長さや角の大きさのことを考えることにしましょう。
そのようなことを考えるとき、内積と呼ばれるものが登場することになります。
以下、\(V\) という記号で、平面のベクトルの空間 \(V^2\) または 空間のベクトルの空間 \(V^3\) のどちらかをあらわすことがあります。
ベクトルの長さ
幾何ベクトルの長さとは、そのべクトルをあらわす矢印の長さのことです。 幾何ベクトル \(\boldsymbol{a}\) の長さを \(\|\boldsymbol{a}\|\) という記号であらわします。
ところで、「直角に交わる」座標系を定めておけば、幾何ベクトルは数ベクトルとして扱うことができるのでした。たとえば、平面の幾何ベクトル \(\boldsymbol{a}\) が、
\[ \boldsymbol{a} = \left( \begin{array}{r} x\\ y \end{array} \right) \]
のように数ベクトルとしてあらわされる場合、\(\boldsymbol{a}\) の長さは
\[\|\boldsymbol{a}\| = \sqrt{x^2+y^2}\]
として求めることができます。
同様に、空間の幾何ベクトル \(\boldsymbol{a}\) が、
\[ \boldsymbol{a} = \left( \begin{array}{r} x\\ y\\ z \end{array} \right) \] のように数ベクトルとしてあらわされる場合、\(\boldsymbol{a}\) の長さは
\[\|\boldsymbol{a}\| = \sqrt{x^2+y^2 +z^2}\]
として求めることができます。
これらのことは、ピタゴラスの定理から簡単にわかります。
ベクトルの内積
\(V\) の 2つの幾何ベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) から2通りの仕方で、内積と呼ばれることになる重要なある数を作ることができます。
作り方その1
まず、2つの幾何ベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) を適当に平行移動して始点を一致させます。そしてここでは、一致させたところにできた、2つの矢印のなす角の大きさを \(\theta\) で表すことにします。
この時、次の図のように(緑色と赤色であらわされている)2つの角ができているわけですが、なす角 \(\theta\) としては \(0 \leq \theta \leq \pi\) (つまり狭いほう、緑色であらわされるほうの \(0\) 度以上 \(180\) 度以下)のものを使います。
そして、最後に
\[\|\boldsymbol{a}\|\|\boldsymbol{b}\|\cos\theta\]
という数を作ります。
作り方その2
はじめに、空間のベクトルの場合で説明します。
まず適当な「直角に交わる」座標系を設けて、2つの幾何ベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) を数ベクトルとしてあらわします。つまり、例えば、\(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) を原点 \(\mathrm{O}\) を始点とする矢印としてあらわし終点の座標で数ベクトルをつくるわけです。 このとき、
\[ \boldsymbol{a} = \left( \begin{array}{r} x_1\\ y_1\\ z_1 \end{array} \right),\quad \boldsymbol{b}=\left( \begin{array}{r} x_2\\ y_2\\ z_2 \end{array} \right) \]
となったとします。
そして、最後に \[x_1x_2+y_1y_2+z_1z_2\] という数を作ります。
今度は平面ベクトルの場合で説明します。
平面のベクトルの場合は \(z\) 成分がないので、2つの幾何ベクトルを数ベクトルに対応させると
\[ \boldsymbol{a} = \left( \begin{array}{r} x_1\\ y_1 \end{array} \right),\quad \boldsymbol{b}=\left( \begin{array}{r} x_2\\ y_2 \end{array} \right) \] のようになります。 そしてこの 2つのベクトルに対して、 \[x_1x_2+y_1y_2\] という数を作るわけです。
以上、2つの幾何ベクトルからある 1つの数を作る方法を二通り説明しました。
実は上で説明したその1、その2のどちらの作り方をしても、出来上がる数は等しくなります。 このことは、高校で習う余弦定理を使うと証明できます。
以上説明した手順で作られる数のことをベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) の内積といい、\(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}\) という記号であらわします。
内積の性質
内積の線形性
幾何ベクトルの内積は、2つのベクトルから1つの数を作る計算ですが、普通の数の世界で成り立っている「交換法則」や「分配法則」と同じような形の法則(内積の線形性)がなりたちます。
幾何ベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b},\boldsymbol{c}\) と数 \(r\) に対して、以下の法則が成り立ちます。
\[ \begin{align} &\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b} = \boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{a}\\ &\boldsymbol{a}\cdot(\boldsymbol{b} + \boldsymbol{c}) = \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b} + \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{c}\\ &(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b})\cdot\boldsymbol{c} = \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{c} + \boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{c}\\ &(r\boldsymbol{a})\cdot\boldsymbol{b} =\boldsymbol{a}\cdot(r\boldsymbol{b}) =r(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}) \end{align} \]
これらの法則が成り立つことは、これまでに説明した内積の作り方その2を利用すると簡単に証明できます。
内積をその2の方法で作ることを考えてみましょう。それによると、2つのベクトルの内積は \(x\) 成分の積、\(y\) 成分の積、\(z\) 成分の積をそれぞれ作ってから最後に合計するのでした。 ではここで、例えば、 \[ \boldsymbol{a}\cdot(\boldsymbol{b} + \boldsymbol{c}) = \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b} + \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{c} \] という法則について調べてみることにしましょう。
\[ \boldsymbol{a} = \left( \begin{array}{r} x_1\\ y_1\\ z_1 \end{array} \right),\quad \boldsymbol{b}=\left( \begin{array}{r} x_2\\ y_2\\ z_2 \end{array} \right),\quad \boldsymbol{c}=\left( \begin{array}{r} x_3\\ y_3\\ z_3 \end{array} \right) \] となっているとします。
\(x\) 成分に関係する部分、\(y\) 成分に関係する部分、\(z\) 成分に関係する部分それぞれについて注目してみると、ベクトルの和では普通の数のたし算がおこなわれるだけで、内積の計算で各成分の和をとる前に普通の数のかけ算がおこなわれているだけです。
つまり、\(\boldsymbol{b} + \boldsymbol{c}\) で例えば \(x\) 成分に注目すると \(x_2+x_3\)という普通のたし算がおこなわれ、さらに \(\boldsymbol{a}\cdot(\boldsymbol{b} + \boldsymbol{c})\) の計算では各成分の和をとる直前に \(x_1\) と \(x_2+x_3\) という数の普通のかけ算、つまり \(x_1(x_2+x_3)\) というかけ算がおこなわれるだけです。
普通の数の世界で「交換法則」や「分配法則」が成り立っているのですから、ぞれぞれの成分については当然「交換法則」や「分配法則」が成り立ちます。ですから、最後に 3つの成分の和をしてできる内積でもそのような法則が成り立つわけです。
ベクトルの長さと内積
命題
ベクトル \(\boldsymbol{a}\) に対して、
\[ \|\boldsymbol{a}\|^2 = \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{a} \]
が成り立ちます。
これは、自分自身の間の内積は自分の長さの2乗に等しいということを主張しています。
ベクトルをあらわす矢印の間にできる角の大きさが \(0\) のとき \(\cos\) の値は \(1\) ですから、このことは内積の作り方その1を思い出せば明らかでしょう。
シュヴァルツの不等式
命題
ベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) に対して、 \[ |\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}| \leq\|\boldsymbol{a}\|\|\boldsymbol{b}\| \] が成り立ちます。
これは、内積を作ってから絶対値をとったものはそれぞれの長さの積以下になるということを主張しています。このことは、内積の作り方1で、どんなときでも \(\cos\theta\) の値は \(-1\)以上 \(1\) 以下であることに注意すれば証明できます。
三角不等式
命題
ベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) に対して、 \[ \|\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}\| \leq\|\boldsymbol{a}\|+ |\boldsymbol{b}\| \] が成り立ちます。
これは、出発点から目的地へ直進するときの距離は、折れ曲がって進むときの距離以下になるということを主張しています。
まとめ
ベクトルの世界で、長さ、角の大きさを取り扱うために導入された道具が内積という概念です。
内積は 2つのベクトルからある仕方で1つの数を作る操作です。
内積の計算では、普通の数の世界で成り立つ「交換法則」や「分配法則」に似た法則が成り立っています。
自分自身の間の内積は自分の長さの2乗に等しくなっています。
内積の定義を思い出すと、「シュヴァルツの不等式」や「三角不等式」が成り立つことがわかります。
幾何ベクトルの一次結合と基底 平面のベクトルの空間の一次写像と行列