行列とその演算(1)
2022-05-10
行列
\(m\times n\) 個の数 \(a_{11},a_{12},\ldots,a_{mn}\) があるとします。 これらの数を次のように縦 \(m\) 行、横 \(n\) 列 に並べ、カッコで囲ったものを \((m,n)\) 型の行列といいます。 \[ \left( \begin{array}{cccc} a_{ 11 } & a_{ 12 } & \ldots & a_{ 1n } \\ a_{ 21 } & a_{ 22 } & \ldots & a_{ 2n } \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{ m1 } & a_{ m2 } & \ldots & a_{ mn } \end{array}\right) \]
この行列をあらわすのに、例えば次のように大文字のアルファベット一文字をつかって名前をつけることがあります。 \[ A = \left( \begin{array}{cccc} a_{ 11 } & a_{ 12 } & \ldots & a_{ 1n } \\ a_{ 21 } & a_{ 22 } & \ldots & a_{ 2n } \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{ m1 } & a_{ m2 } & \ldots & a_{ mn } \end{array}\right) \]
横にまっすぐ並んでいるところを行といい、上から順に第1行、第2行、…、第m行といいます。
縦にまっすぐ並んでいるところを列といい、前から順に第1列、第2列、…、第n列といいます。
並べられているそれぞれの数を行列の成分といい、第 i 行、第 j 列の位置にある成分を \((i,j)\) 成分といいます。
例 \[ \begin{eqnarray}A = \left( \begin{array}{cccc} 1 & 3 & 0 & -1 \\ 2 & 5 & \frac12 & 6 \\ -2 &3 & -10 & \frac14 \end{array}\right) \end{eqnarray} \] とすると、\(A\) は縦3行、横4列ですから \((3,4)\) 型の行列です。
この行列 \(A\) では、
第1行は \((1,3,0,-1)\)
第2行は \((2,5,\frac12,6)\)
第3行は \((-2,3,-10,\frac14)\)
です。そして
第1列は \(\left( \begin{array}{r} 1\\ 2\\ -2 \end{array} \right)\)
第2列は \(\left( \begin{array}{r} 3\\ 5\\ 3 \end{array} \right)\)
第3列は \(\left( \begin{array}{r} 0\\ \frac12\\ -10 \end{array} \right)\)
第4列は \(\left( \begin{array}{r} -1\\ 6\\ \frac14 \end{array} \right)\)
です。また例えば
\((2,3)\) 成分は \(\frac12\)
\((3,1)\) 成分は \(-2\)
です。
成分がすべて実数である行列を実行列といい、成分の一部またはすべてが虚数である行列を複素行列といいます。 ただし、どんな実数 \(x\) も 複素数 \(x+0i\) と同じものと考えることができますから、成分がすべて実数の実行列も複素行列と思うことができます。
例 \[ \begin{align} A &= \left(\begin{array}{cccc} 1 & 3 & 0 & -1 \\ 2 & 5 & \frac12 & 6 \\ -2 &3 & -10 & \frac14 \end{array}\right),\\[6pt] B&= \left(\begin{array}{cccc} 1+2i & 3 & 0 & -1 \\ 2 & 5-4i & \frac12 & 6 \\ -2-\frac43i &3 & -10 & \frac14 \end{array}\right) \end{align} \]
とすると、\(A\) は実行列で \(B\) は複素行列です。
行列の演算その1:加法とスカラー倍
行列には「加法」と「スカラー倍」と呼ばれる演算を定義することができます。
加法:2つの行列の和とは…
同じ型(ここでは \((m,n)\) 型とします)の2つの行列 \[ \begin{eqnarray}A = \left( \begin{array}{cccc} a_{ 11 } & a_{ 12 } & \ldots & a_{ 1n } \\ a_{ 21 } & a_{ 22 } & \ldots & a_{ 2n } \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{ m1 } & a_{ m2 } & \ldots & a_{ mn } \end{array}\right)\end{eqnarray} \] \[ \begin{eqnarray}B = \left( \begin{array}{cccc} b_{ 11 } & b_{ 12 } & \ldots & b_{ 1n } \\ b_{ 21 } & b_{ 22 } & \ldots & b_{ 2n } \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ b_{ m1 } & b_{ m2 } & \ldots & b_{ mn } \end{array}\right)\end{eqnarray} \] があるとします。このとき、\(A\) と \(B\) の和と呼ばれる 行列を次のようにして作り、\(A + B\) という記号であらわします。\[A+B = \left(\begin{array}{cccc} a_{ 11 } +b_{11}& a_{ 12 }+b_{12} & \ldots & a_{ 1n }+b_{1n} \\ a_{ 21 }+b_{21} & a_{ 22}+b_{22} & \ldots & a_{ 2n }+b_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{ m1 }+b_{m1} & a_{ m2 }+b_{m2}& \ldots & a_{ mn }+b_{mn} \end{array}\right)\]
つまり、対応している各成分ごとに成分をたした行列をつくるわけです。
例 \[ A = \left( \begin{array}{rr} 1 & 3 \\ 2 & 5 \\ -2 &3 \end{array}\right), \]
\[ B = \left( \begin{array}{rr} 2 & -1 \\ -4 & 6 \\ 2 & -10 \end{array} \right) \]
のとき、
\[ \begin{eqnarray} A+B &=& \left(\begin{array}{rr} 1 & 3 \\ 2 & 5 \\ -2 &3 \end{array}\right) + \left(\begin{array}{rr} 2 & -1 \\ -4 & 6 \\ 2 & -10 \end{array}\right) \\[6pt] &=&\left(\begin{array}{rr} 1+2 & 3-1 \\ 2-4 & 5+6 \\ -2+2 & 3-10 \end{array}\right)\\[6pt] &=&\left(\begin{array}{rr} 3 & 2 \\ -2 & 11 \\ 0 & -7 \end{array}\right) \end{eqnarray} \]
となります。
スカラー倍:ある行列をなんとか倍するとは…
\((m,n)\) 型の行列 \[ \begin{eqnarray} A= \left( \begin{array}{cccc} a_{ 11 } & a_{ 12 } & \ldots & a_{ 1n } \\ a_{ 21 } & a_{ 22 } & \ldots & a_{ 2n } \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{ m1 } & a_{ m2 } & \ldots & a_{ mn } \end{array}\right)\end{eqnarray} \]
と数 \(r\) があるとします。
\(A\) の \(r\) 倍(または数 \(r\) によるスカラー倍)と呼ばれる \((m,n)\) 型の行列を次のようにして作り、\(rA\) という記号であらわします。
\[ rA = \left(\begin{array}{cccc} ra_{ 11 } & ra_{ 12 } & \ldots & ra_{ 1n } \\ ra_{ 21 } & ra_{ 22 } & \ldots & ra_{ 2n } \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ ra_{ m1 } & ra_{ m2 } & \ldots & ra_{ mn } \end{array}\right) \]
つまり、各成分を \(r\) 倍した行列をつくるわけです。
補足:\(-1A\) はたいてい \(-A\) と書かれます。
例
\[ A= \left(\begin{array}{rr} 1 & 3 \\ 2 & 5 \\ -2 &3 \end{array}\right),\quad r=-3\] のとき
\[ \begin{eqnarray} rA &=& -3\left(\begin{array}{rr} 1 & 3 \\ 2 & 5 \\ -2 &3 \end{array}\right)\\[6pt] &=& \left(\begin{array}{rr} -3\times 1 & -3\times 3 \\ -3\times 2 & -3\times 5 \\ -3\times(-2) &-3\times 3 \end{array}\right)\\[6pt] &=&\left(\begin{array}{rr} -3 & -9 \\ -6 & -15 \\ 6 &-9 \end{array}\right) \end{eqnarray} \]
となります。
以上説明されてきたようにして、同じ型の行列全体の集合は「加法」と「スカラー倍」という演算をもった集合となります。
補足:行列の集合には直接的には、\(A-B\) というような「減法」は定義されていません。
しかし、加法とスカラー倍を使って \(A + (-B)\) というものを作れるようになっているので、これを \(A-B\) と思うことにすれば、 「減法」を扱えるようになるわけです。
補足:行列の集合には「加法」と「スカラー倍」という演算のほかにさらに「積」つまりかけ算を導入することができます。このことについては別のページで取り扱います。
零行列
成分がすべて \(0\) である行列を零行列といい、記号 \(O\) であらわします。
\[ O = \left( \begin{array}{cccc} 0 & 0 & \ldots & 0 \\ 0 & 0 & \ldots & 0 \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ 0 & 0 & \ldots & 0 \end{array}\right) \]
加法とスカラー倍が持つ性質
加法については以下の法則が成り立ちます。 \[\begin{align} & A + B = B + A \\[6pt] & (A + B ) + C = A+(B + C) \\[6pt] & A + O = A \end{align} \]
1番目のものは「行列 \(A\) に 行列 \(B\) をたしてできる行列」は「行列 \(B\) に 行列 \(A\) をたしてできる行列」と等しくなるということを主張しています。いわゆる「交換法則」です。
2番目のものは「行列 \(A\) と \(B\) をたしてできる行列にさらに行列 \(C\) をたしたもの」と「行列 \(A\) に、行列 \(B\) と \(C\) をたしてできる行列をたしたもの」は等しくなるということを主張しています。いわゆる「結合法則」です。
3番目のものは「零行列 \(O\) をどんな行列にたしてもまったく結果が変わらない」ということを主張しています。
スカラー倍については以下の法則が成り立ちます。
\[\begin{align} & r(A+B) = rA + rB \\[6pt] & (r+s)A = rA + sA \\[6pt] & (rs)A = r(sA) \\[6pt] & 1A = A \\[6pt] & 0A=O \end{align} \]
1番目のものは「行列 \(A\) と \(B\) をたしてできる行列を数 \(r\) 倍したもの」と「行列 \(A\) の数 \(r\) 倍と行列 \(B\) の数 \(r\) 倍をそれぞれ作ってからその2つをたしたもの」は等しくなるということを主張しています。いわゆる「スカラー倍に関する分配法則」です。
2番目のものは「数 \(r\) と数 \(s\) をたしてできる数で行列 \(A\) をスカラー倍したもの」と「数 \(r\) で行列 \(A\) をスカラー倍してできる行列と数 \(s\) で行列 \(A\) をスカラー倍してできる行列をそれぞれ作ってからその2つの行列をたしたもの」は等しくなるということを主張しています。「スカラーに対する行列による分配法則」と言えるものです。
3番目のものは「数 \(r\) と数 \(s\) をかけてできる数で行列 \(A\) をスカラー倍してできる行列」と「数 \(s\) で行列 \(A\) をスカラー倍してできる行列をさらに数 \(r\) でスカラー倍してできる行列」は等しくなるということを主張しています。「スカラーと行列に対する積に関する結合法則」と言えるものです。
4番目のものは「数 \(1\) でどんな行列をスカラー倍してもまったく結果が変わらない」ということを主張しています。
5番目のものは「数 \(0\) でどんな行列をスカラー倍しても結果は必ず零行列 \(O\) になる」ということを主張しています。
これらの法則は、定義に従って成分の計算をすることにより簡単に確かめることができます。 しかし、このような法則が成り立つことは、成分の計算を真面目にやってみなくても、次のように考えると簡単に悟ることができます。
行列は複数の数を並べひとかたまりにして扱うものです。そして行列の加法やスカラー倍は、各成分ごとに行われるだけです。というわけで、普通の数の世界で成り立つ法則と同様の法則が行列でも成り立つわけです。
まとめ
\(m\times n\) 個の数を縦 \(m\) 行、横 \(n\) 列 に並べ、カッコで囲ったものを \((m,n)\) 型の行列といいます。
行列はたしたりスカラー倍することができ、普通の数の世界で成り立っている法則と似たような、上で説明したいくつかの法則が成り立ちます。