線形部分空間(1)
2022-12-24
線形空間の一部分を集めてできる集合が線形空間としての構造をもつとき、その集合にはもちろん線形空間の理論を適用することができます。このような部分集合は線形部分空間と呼ばれます。ここではその定義と例を紹介します。
例と動機
成分が実数の \(2\) 次の数ベクトルの空間を \(V\) とします。また、\(V\) のベクトル \(\boldsymbol{x}=\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\x_3\end{array}\right)\) で、\(2x_1+x_2-x_3=0\) を満たすものすべてを集めてできる“集合”を \(W\) とします。集合の記号を使って書いておくと、\[W=\left\{ \left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\x_3\end{array}\right)\in V \,\,\middle| \,\,2x_1+x_2-x_3=0 \right\}\]
としてみたわけです。
ここで以下のような問題を考えてみることにします。
問題
- 集合 \(W\) に属している2つのベクトルを足してできるベクトルは集合 \(W\) に属しているでしょうか?
- 集合 \(W\) に属しているベクトルをスカラー倍してできるベクトルは集合 \(W\) に属しているでしょうか?
もし、この2つの問題の答えがともに ‘yes’ なら、\(W\) を飛び出すことなく \(W\) の中だけでベクトルの演算が自由にできることになるので、\(W\) を線形空間として扱うことができるようになります。 つまり、\(V\) における和やスカラー倍が満たしているすべての計算法則は \(W\) においてもそのまま満たされることになります。
それではこの問題の答えを考えてみることにしましょう。
問題の答
- \(W\) に属している2つのベクトルを
\[ \boldsymbol{x}=\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\x_3\end{array}\right),\boldsymbol{y}=\left(\begin{array}{c}y_1\\y_2\\y_3\end{array}\right) \]
これらは \(W\) に属しているので、それぞれ、\[ \begin{align} 2x_1+x_2-x_1&=0\\ 2y_1+y_2-y_1&=0\\ \end{align}\tag{1}\]
この2つのベクトルの和を取ると、\[\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y} =\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\x_3\end{array}\right)+\left(\begin{array}{c}y_1\\y_2\\y_3\end{array}\right) =\left(\begin{array}{c}x_1+y_1\\x_2+y_2\\x_3+y_3\end{array}\right)\]
それでは、\(\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y}\) は \(W\) に属しているか確認してみることにしましょう。 \((1)\) 式を考えに入れると、\[ \begin{align} 2(x_1+y_1)+(x_2+y_2)+(x_3+y_3)&=(2x_1+x_2-x_3)+(2y_1+y_2-y_3)\\ &=0+0 \\ &= 0 \end{align}\]
- \(W\) に属しているベクトルを \[
\boldsymbol{x}=\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\x_3\end{array}\right)
\] とします。
これは \(W\) に属しているので、\[ \begin{align} 2x_1+x_2-x_1&=0\\ \end{align}\tag{2}\]
このベクトルを \(c\) 倍すると、\[c\boldsymbol{x} =c\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\x_3\end{array}\right) =\left(\begin{array}{c}cx_1\\cx_2\\cx_3\end{array}\right)\]
それでは、\(c\boldsymbol{x}\) は \(W\) に属しているか確認してみることにしましょう。 \((2)\) 式を考えに入れると、\[ \begin{align} 2(cx_1)+(cx_2)-(cx_3)&=c(2x_1+x_2-x_3)\\ &=c\times 0 \\ &= 0 \end{align}\]
というわけで、この例では、
- \(W\) に属している2つのベクトルを足したものは \(W\) に属している
- \(W\) に属しているベクトルをスカラー倍したものは \(W\) に属している
ということが確かめられました。 ですから、この例では \(V\) の 一部分である \(W\) は線形空間として扱うことができるわけです。
補足
\(V\) を \(x_1\)軸、\(x_2\)軸、\(x_3\)軸が設定されている \(3\) 次元の空間と思うことにすると、\(W\) は \(2x_1+x_2-x_3=0\) という方程式であらわされる平面です。 ここで確かめたことは、ベクトルを矢印で扱う場合、この平面内にある矢印の和はやはりこの平面内の矢印になり、この平面内にある矢印のナントカ倍はやはりこの平面内の矢印になるということを意味しています。
線形部分空間
定義
\(\mathbb{K}\) を実数の集合 \(\mathbb{R}\) または複素数の集合 \(\mathbb{C}\) とします。そして、\(\mathbb{K}\) 上の線形空間 \(V\) の部分集合 \(W\) が次の2つの条件を満たしているとします。
- 2つのベクトル \(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\) が \(W\) に属しているならば、\(\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y}\) も \(W\) に属している。
- ベクトル \(\boldsymbol{x}\) が \(W\) に属していて、\(c\) が \(\mathbb{K}\) に属するスカラーならば、 \(c\boldsymbol{x}\) も \(W\) に属している。
このとき、\(W\) は \(V\) の線形部分空間(またはもっと簡単に部分空間)であるといいます。
例
\(V\) を \(\mathbb{K}\) 上の線形空間とします。
- \(V\) の零ベクトルだけを集めてできる集合 \(\{\boldsymbol{0}\}\) は \(V\) の部分空間です。
- \(V\) 自身は \(V\) の部分空間です。
例
連立一次方程式\[ \left\{ \begin{align} a_{11}x_1 + a_{12}x_2 + a_{13}x_3 &=0\\ a_{21}x_1 + a_{22}x_2 + a_{23}x_3 &=0\\ \end{align}\right. \]
について考えます。
たくさんごちゃごちゃと書くのが大変なので、この連立一次方程式を、\((2,3)\) 型の行列\[A=\left(\begin{array}{ccc}a_{11} & a_{12} & a_{13}\\ a_{21} & a_{22} & a_{23}\\ \end{array}\right)\]
\[A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{0} \tag{3}\]
と書くことにします。
\(V\) を \(\mathbb{K}\) 上の \(3\) 次の数ベクトルの空間とします。 そして連立一次方程式 \((3)\) 式の解をすべて集めてできる集合を \(W\) と書くことにしましょう。 実は \(W\) は \(V\) の部分空間になります。このことを確かめてみることにします。
- \(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\) が \(W\) の数ベクトルならば、
\[ \begin{align} A(\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y})&=A\boldsymbol{x}+A\boldsymbol{y}\\ &= \boldsymbol{0} + \boldsymbol{0} \\ &= \boldsymbol{0} \end{align} \]
- \(\boldsymbol{x}\) が \(W\) の数ベクトルで \(c\) が \(\mathbb{K}\) に属するスカラーならば、 \[A(c\boldsymbol{x})=cA\boldsymbol{x}=c\boldsymbol{0}=\boldsymbol{0}\] が成り立ち、\(c\boldsymbol{x}\) は \(W\) に属します。
ですから、\(W\) は \(V\) の部分空間です。 つまり、この連立方程式の解をすべて集めてできる集合 \(W\) は線形空間として扱うことができるわけです。
いくつかのベクトルで生成される部分空間
これまでに例として紹介した部分空間は、全体となる線形空間から、ある条件を満たすベクトルをすべて選んで作られるようなものでした。
部分空間はこのようにして作られるものばかりではありません。
全体からいくつかのベクトルを選び、それらがすべて含まれるような一番小さい部分空間というものを考えることができます。このことをこれから詳しく説明してみます。
\(V\) を \(\mathbb{K}\) 上の線形空間とします。 \(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) を \(V\) のベクトルとします。 もちろん、\(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) だけを集めても、部分空間として扱うことができる集合にはなりません。部分空間では、和を取る操作や、スカラー倍をする操作が自由にできなければならないので、\(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) たちを様々に足したりスカラー倍してできるベクトルも全部含まれるような集合でなければならないわけです。
そこで、次のように定義することにします。
定義
\(V\) を \(\mathbb{K}\) 上の線形空間とし、\(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) を \(V\) のベクトルとします。 そして、\(\mathbb{K}\) に属するスカラー \(c_1,c_2,\ldots,c_k\) を用いて、\[ c_1\boldsymbol{a}_1+c_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+ c_k\boldsymbol{a}_k \]
\[ \mathbb{K}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{K}\boldsymbol{a}_2+\cdots +\mathbb{K}\boldsymbol{a}_k\]
という記号であらわします。
補足この定義では、気楽に、\(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) で生成される「部分空間」と呼んでしまっていますが、本当にそのように呼べる資格があるのかどうか、確認しておく必要があります。 しかしそれは簡単に確認できます。
詳しく言うと…
\(\mathbb{K}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{K}\boldsymbol{a}_2+\cdots +\mathbb{K}\boldsymbol{a}_k\) に属している2つのベクトルを\[ \begin{align} & x_1\boldsymbol{a}_1+x_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+ x_k\boldsymbol{a}_k\\ & y_1\boldsymbol{a}_1+y_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+ y_k\boldsymbol{a}_k \end{align} \]
\[ \begin{align} &(x_1\boldsymbol{a}_1+x_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+ x_k\boldsymbol{a}_k) + ( y_1\boldsymbol{a}_1+y_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+ y_k\boldsymbol{a}_k)\\ &=(x_1+y_1)\boldsymbol{a}_1+(x_2+y_2)\boldsymbol{a}_2+\cdots+ (x_k+y_k)\boldsymbol{a}_k \end{align} \]
となるので和は \(\mathbb{K}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{K}\boldsymbol{a}_2+\cdots +\mathbb{K}\boldsymbol{a}_k\) に属しています。
また、\(\mathbb{K}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{K}\boldsymbol{a}_2+\cdots +\mathbb{K}\boldsymbol{a}_k\) に属しているベクトル\[ \begin{align} & x_1\boldsymbol{a}_1+x_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+ x_k\boldsymbol{a}_k\\ \end{align} \]
\[\begin{align} & c(x_1\boldsymbol{a}_1+x_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+ x_k\boldsymbol{a}_k)\\ &=(cx_1)\boldsymbol{a}_1+(cx_2)\boldsymbol{a}_2+\cdots+ (cx_k)\boldsymbol{a}_k\\ \end{align} \]
となるのでスカラー倍は \(\mathbb{K}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{K}\boldsymbol{a}_2+\cdots +\mathbb{K}\boldsymbol{a}_k\) に属しています。
以上で、\(\mathbb{K}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{K}\boldsymbol{a}_2+\cdots +\mathbb{K}\boldsymbol{a}_k\) は \(V\) の部分空間であることが確認できました。例
\(\mathbb{K}=\mathbb{R}\) とし、\(V\) を 成分が実数である \(3\) 次の数ベクトルの空間とします。また、\(V\) の2つのベクトル\[\boldsymbol{a}_1=\left(\begin{array}{r}1\\0\\2\end{array}\right),\,\boldsymbol{a}_2=\left(\begin{array}{r}2\\-1\\0\end{array}\right)\]
を選んでおきます。
このとき、\(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2\) で生成される部分空間 \(\mathbb{R}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{R}\boldsymbol{a}_2\) がどのようなものなのか考えてみることにします。
\(\mathbb{R}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{R}\boldsymbol{a}_2\) は、\(\mathbb{R}\) のスカラー(つまり実数)\(c_1,c_2\) を用いて\[ c_1\boldsymbol{a}_1+c_2\boldsymbol{a}_2 \]
\[ c_1\boldsymbol{a}_1+c_2\boldsymbol{a}_2 =c_1\left(\begin{array}{r}1\\0\\2\end{array}\right) +c_2\left(\begin{array}{r}2\\-1\\0\end{array}\right)\\ =\left(\begin{array}{c}c_1+2c_2\\-c_2\\2c_1\end{array}\right) \]
\[\mathbb{R}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{R}\boldsymbol{a}_2 =\left\{\left(\begin{array}{c}c_1+2c_2\\-c_2\\2c_1\end{array}\right) \in V \,\,\Biggl|\,\, c_1,c_2\, は勝手な実数 \right\}\]
ということになります。
ここで、\(\mathbb{R}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{R}\boldsymbol{a}_2\) に属しているベクトルの成分の間にどんな関係があるのか調べることにします。そのために、\[ \left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\x_3\end{array}\right) = \left(\begin{array}{c}c_1+2c_2\\-c_2\\2c_1\end{array}\right) \]
\[x_1=\frac12x_3-2x_2\]
\[2x_1+2x_2-x_3=0\]
\[\mathbb{R}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{R}\boldsymbol{a}_2 =\left\{\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\x_3\end{array}\right) \in V\,\, \Biggl|\,\, 2x_1+2x_2-x_3=0 \right\} \]
と考えることもできます。
補足
\(V\) を \(x_1\)軸、\(x_2\)軸、\(x_3\)軸が設定されている \(3\) 次元の空間と思うことにすると、\(\mathbb{R}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{R}\boldsymbol{a}_2\) は \(2x_1+2x_2-x_3=0\) という方程式であらわされる平面です。 また、\(V\) のベクトルを矢印として扱う場合、まず \(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2\) を始点が原点である矢印と考え、次にその2つの矢印がともに乗ってしまう平面を考えれば \(\mathbb{R}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{R}\boldsymbol{a}_2\) ができます。
さて、ここで先の線形部分空間の定義を振り返ってみることにしましょう。この定義から容易に想像できることですが、\(\mathbb{K}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{K}\boldsymbol{a}_2+\cdots +\mathbb{K}\boldsymbol{a}_k\) は \(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) だけを使って一次結合としてつくることができるベクトルをぎりぎり全部集めて作られています。ですから、次の命題が成り立つことになります。
命題
\(V\) を \(\mathbb{K}\) 上の線形空間とし、\(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) を \(V\) のベクトルとします。このとき、 \(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) で生成される部分空間 \(\mathbb{K}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{K}\boldsymbol{a}_2+\cdots +\mathbb{K}\boldsymbol{a}_k\) は \(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) を含む一番小さい部分空間です。つまり、\(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) を 含むどんな部分空間 \(W\) に対しても、\[\mathbb{K}\boldsymbol{a}_1+\mathbb{K}\boldsymbol{a}_2+\cdots +\mathbb{K}\boldsymbol{a}_k \subset W\]
が成り立ちます。
まとめ
\(\mathbb{K}\) 上の線形空間 \(V\) の部分集合 \(W\) が、「\(W\) に属しているどんな2つのベクトルを足してできるベクトルも \(W\) に属していて、\(W\) に属しているどんなベクトルをどんなスカラー倍してできるベクトルも \(W\) に属している」という条件を満たしていれば、\(W\) を線形空間として扱うことができます。このような \(W\) を \(V\) の部分線形空間(または部分空間)と呼びます。
\(\mathbb{K}\) 上の線形空間 \(V\) からいくつかのベクトル \(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) を選び、それらがすべて含まれるような一番小さい部分空間というものを考えることができます。それは、\(\mathbb{K}\) に属するスカラー \(c_1,c_2,\ldots,c_k\) を用いて、 \[ c_1\boldsymbol{a}_1+c_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+ c_k\boldsymbol{a}_k \]
としてあらわすことができるベクトルすべてを集めてできる集合です。この集合を \(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) で生成される部分空間または \(\boldsymbol{a}_1,\boldsymbol{a}_2,\ldots,\boldsymbol{a}_k\) で張られる部分空間と呼びます。