基本変形と逆行列
2022-07-08
逆行列を求めるために、基本変形を利用することができます。
行または列のみの基本変形と逆行列
前のページで見たように、基本変形を実現するための3種類の行列 \(T_n(i,j),M_n(i,r),A_n(i,j;r)\) があり、これらは基本行列と呼ばれるのでした。行に関する基本変形を実現するにはそれらを行列の左から掛ければよく、列に関する基本変形を実現するにはそれらを行列の右から掛ければよいのでした。そして、それら3種類の行列は正則な(つまり逆行列をもつ)行列でした。
それでは、以上のことを頭に入れて、基本変形を用いて逆行列を求める方法を説明することにします。
定理
\(n\) 次の正方行列 \(A\) があり、行に関する基本変形や列に関する基本変形をいろいろ取り混ぜて適切に実行していくと単位行列 \(E_n\) に変形できるとします。このとき次のことが成り立ちます。
- 行に関する基本変形だけで \(A\) を \(E_n\) へ変形できます。
- 列に関する基本変形だけで \(A\) を \(E_n\) へ変形できます。
この定理の証明は難しくはありませんが、ここでは次の例を見て考えてもらうことにします。
例
\(n\) 次の正方行列 \(A\) に対して、行に関する基本変形と列に関する基本変形をいろいろ取り混ぜて使い単位行列 \(E_n\) になったとします。たとえば \(A\) に、次の順に基本変形を行ったとします。
- 行に関するなにかしらの基本変形
- 行に関するなにかしらの基本変形
- 列に関するなにかしらの基本変形
- 行に関するなにかしらの基本変形
- 行に関するなにかしらの基本変形
- 列に関するなにかしらの基本変形
そしてその結果、単位行列 \(E_n\) になったとしましょう。
ところで、行に関する基本変形は何かしらの正則行列を \(A\) に左から掛けることにより実現でき、列に関する基本変形は何かしらの正則行列を \(A\) に右から掛けることで実現できるのでした。そこで、上の 1 から 6 の基本変形を実現する基本行列をそれぞれ \(P_1,P_2,Q_1, P_3,P_4,Q_2\) であらわすことにします。ここでは、行変形の基本行列を \(P_1,P_2,P_3,P_4\)、列変形の基本行列 \(Q_1,Q_2\) であらわしています。
この一連の基本変形では、\[ A \Rightarrow P_2P_1A \Rightarrow P_1A \Rightarrow P_2P_1AQ_1 \Rightarrow P_3P_2P_1AQ_1 \Rightarrow P_4P_3P_2P_1AQ_1 \Rightarrow P_4P_3P_2P_1AQ_1Q_2 \]
\[ P_4P_3P_2P_1AQ_1Q_2 = E_n \]
が成り立っているということになります。
\(P_i\) たちと \(Q_i\) たちはすべて正則、つまり逆行列をもっている行列なのですから、この式はさらに次のような2通りの変形をしていくことができます。
式変形その1.
$ P_4P_3P_2P_1AQ_1Q_2 = E_n$ の両辺に右から\(Q_2^{-1}Q_1^{-1}\)を掛けて \[ P_4P_3P_2P_1A = Q_2^{-1}Q_1^{-1}\] とでき、さらに、この両辺に左から\(Q_1Q_2\)を掛けると \[ Q_1Q_2P_4P_3P_2P_1A = E_n\] となります。つまり、 \[ (Q_1Q_2P_4P_3P_2P_1)A = E_n\] が成り立ちます。
式変形その2.
$ P_4P_3P_2P_1AQ_1Q_2 = E_n$ の左から\(P_1^{-1}P_2^{-1}P_3^{-1}P_4^{-1}\)を掛けて \[ A Q_1Q_2= P_1^{-1}P_2^{-1}P_3^{-1}P_4^{-1}\] とでき、さらに、この両辺に右から \(P_4P_3P_2P_1\)を掛けると \[ A Q_1Q_2P_4P_3P_2P_1= E_n\] となります。つまり、 \[ A( Q_1Q_2P_4P_3P_2P_1)= E_n\] が成り立ちます。
「行に関する基本変形だけ」で \(A\) を \(E_n\) へ変形できる
「列に関する基本変形だけ」で \(A\) を \(E_n\) へ変形できる
ということを意味していて、上の定理の主張のとおりになっているわけです。
ところで、\(A\) の逆行列とは \(A\) に左から掛けても右から掛けても単位行列になるような行列のことでした。式変形その1.と式変形その2.の結果の式をみると、まさに \(Q_1Q_2P_4P_3P_2P_1\) はそのとおりになっています。つまり、 \[Q_1Q_2P_4P_3P_2P_1=A^{-1}\] であることがわかります。
これらのことを頭に入れると 逆行列 \(A^{-1}\) を求める次のような方法があることがわかります。
例えば、式変形その1.の結果 \[( Q_1Q_2P_4P_3P_2P_1) A= E_n\] は行に関する基本変形だけで \(A\) を\(E_n\) へ変形できることを意味していますが、この式の両辺に左から \(A^{-1}\) を掛けると \[(Q_1Q_2P_4P_3P_2P_1)E_n =A^{-1}\] と変形できます。これは、\(A\) を \(E_n\) へ変形していくための「行だけ」に関する基本変形とまったく同じ基本変形を同じ順に \(E_n\) の行に適用していけば \(A^{-1}\) が得られることを意味しています。
同じように考えて、式変形その2.の結果を利用すれば、\(A\) を \(E_n\) へ変形していくための「列だけ」に関する基本変形とまったく同じ基本変形を同じ順に \(E_n\) の列に適用していけば \(A^{-1}\) が得られることになります。
この例から十分想像できる、逆行列を求める方法を次の定理としてまとめておきます。
定理
正方行列 \(A\) に対して、
- \(A\) に「行だけ」に関する基本変形を使うことにより単位行列 \(E_n\) へ変形することができるとします。このとき実は \(A\) は正則で、その基本変形とまったく同じものを同じ順に \(E_n\) の行に適用していけば \(A^{-1}\) が得られます。
- \(A\) に「列だけ」に関する基本変形を使うことにより単位行列 \(E_n\) へ変形することができるとします。このとき、実は \(A\) は正則で、その基本変形とまったく同じものを同じ順に \(E_n\) の列に適用していけば \(A^{-1}\) が得られることがわかります。
補足:このページの最初の定理などで説明してきたように、行に関する基本変形と列に関する基本変形をいろいろ取り混ぜて単位行列にできるなら、行だけまたは列だけに関する基本変形で単位行列にできるはずです。
では実際に、例を使って逆行列を求めてみましょう。
例
\(A=\left(\begin{array}{rrr} 3 & -5 & 6\\ 1 & -2 & 2\\ 2 & -2 & 3 \end{array}\right)\) に逆行列があれば求めてみます。 \(A\) と \(E_3\) に対して同時に同じ基本変形を使います。 ここでは 「行だけ」に関する基本変形を使うことにします。 このとき、次のように \(A\) と \(E_3\) を横に並べ、同時に行変形していくと便利です。
\[ (A|E_3) = \left(\begin{array}{rrr|rrr} 3 & -5 & 6 & 1 & 0 & 0\\ 1 & -2 & 2 & 0 & 1 & 0\\ 2 & -2 & 3 & 0 & 0 & 1 \end{array}\right) \stackrel{1,2\,\text{行入れ替え}}{\Rightarrow}\,\,\, \left(\begin{array}{rrr|rrr} 1 & -2 & 2 & 0 & 1 & 0\\ 3 & -5 & 6 & 1 & 0 & 0\\ 2 & -2 & 3 & 0 & 0 & 1 \end{array}\right)\\[24pt] \stackrel{2\text{行}-1\text{行}\times 3}{\Rightarrow} \left(\begin{array}{rrr|rrr} 1 & -2 & 2 & 0 & 1 & 0\\ 0 & 1 & 0 & 1 & -3 & 0\\ 2 & -2 & 3 & 0 & 0 & 1 \end{array}\right) \stackrel{3\text{行}-1\text{行}\times 2}{\Rightarrow} \left(\begin{array}{rrr|rrr} 1 & -2 & 2 & 0 & 1 & 0\\ 0 & 1 & 0 & 1 & -3 & 0\\ 0 & 2 & -1 & 0 & -2 & 1 \end{array}\right)\\[24pt] \stackrel{1\text{行}-2\text{行}\times (-2)}{\Rightarrow} \left(\begin{array}{rrr|rrr} 1 & 0 & 2 & 2 & -5 & 0\\ 0 & 1 & 0 & 1 & -3 & 0\\ 0 & 2 & -1 & 0 & -2 & 1 \end{array}\right) \stackrel{3\text{行}-2\text{行}\times 2}{\Rightarrow} \left(\begin{array}{rrr|rrr} 1 & 0 & 2 & 2 & -5 & 0\\ 0 & 1 & 0 & 1 & -3 & 0\\ 0 & 0 & -1 & -2 & 4 & 1 \end{array}\right)\\[24pt] \stackrel{3\,\text{行}\,\times (-1)}{\Rightarrow} \left(\begin{array}{rrr|rrr} 1 & 0 & 2 & 2 & -5 & 0\\ 0 & 1 & 0 & 1 & -3 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 2 & -4 & -1 \end{array}\right) \stackrel{1\text{行}-3\text{行}\times 2}{\Rightarrow} \left(\begin{array}{rrr|rrr} 1 & 0 & 0 & -2 & 3 & 2\\ 0 & 1 & 0 & 1 & -3 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 2 & -4 & -1 \end{array}\right) \]
以上で
\[A^{-1}= \left(\begin{array}{rrr} -2 & 3 & 2\\ 1 & -3 & 0\\ 2 & -4 & -1 \end{array}\right)\]
であることがわかりました。
ところで、このページで行ってきた議論を振り返ると、次の定理が成り立つことはほとんど明らかでしょう。
定理
\(n\) 次の正方行列 \(A\) に適切に基本変形をおこなうと単位行列 \(E_n\) になるならば \(A\) は正則です。 また、この逆も成り立ちます。
まとめ
正方行列 \(A\) に対して行に関する基本変形や列に関する基本変形をいろいろ取り混ぜて適切に実行していき単位行列 \(E_n\) に変形できるならば、実は 行に関する基本変形だけまたは列に関する基本変形だけで \(A\) を \(E_n\) へ変形できます。
正方行列 \(A\) に「行だけ」に関する基本変形を使うことにより単位行列 \(E_n\) へ変形することができるならば実は \(A\) は正則で、その基本変形とまったく同じものを同じ順に \(E_n\) の行に適用していけば \(A^{-1}\) が得られます。また「列だけ」に関する基本変形を使う場合も同様です。